第148回

私は場立ちを2年程して名古屋支店に転勤になりました。

 

当時支店は11支店と『本店・支店合わせ12本支店』社員約800名くらいでしょう。

 

名古屋支店は、名古屋穀物商品取引所・名古屋繊維商品取引所、豊橋乾繭取引所を管轄することで本店に次いで母店と呼ばれ

本店の次にランクされここでは本店の次に社員も多く、

名古屋支店内勤(経理、業務、市場)三課の全ての責任者として転勤を命じられ

名古屋では取引所にはいかず、全ての顧客の売買の管理を命ぜられました。

 

私が入社以来初めて仕手が名古屋に入り、この件は後日書いていきます。

 

名古屋支店転勤半年後に結婚も致しました。(本社勤務時代からの婚約者)

 

このころ、名古屋支店内勤の責任者は支店長(常務)についていく事が出来ず一年程で皆さん本社に戻りました。

名古屋支店には本社からの転勤が決まり事でもあり

私も名古屋勤務10ヶ月程で、常務に呼ばれ本社に戻るかと聞かれ常務の下で仕事をさせていただきますと告げてから半年ほどは結構怒られました。

 

東穀では味わう事が出来なかった、自分の思惑がある程度みとめられ市場での売買を指図出来る事です

 

しかしある日を境に今迄と180度変わり、とても重宝され、常務宅のすぐそばに引っ越しを命じられました。

 

本当に常務には可愛がられ、週3回は仕事終ってからの飲食のお付き合いです。

名古屋にいた当時は、他の人との付き合いもありほとんど家で食事をすることもなくよく体を壊さなかったと思います。

 

家内も常務の奥様に大変可愛がられ、京都の器や京料理などを教えていただいていたようです

奥様は京都の焼き窯のお嬢さんでした。

 

名古屋支店は私の着任時には、豊橋支店・浜松支店二店舗を管轄しており

後に、大阪支店(この支店も大阪穀物商品取引所、大阪繊維商品取引所)の管轄でありましたが

名古屋支店が大阪支店・京都支店も管轄するようになり名古屋支店を含めて五支店を見なければならなくなりました。

 

私の大きな仕事は、お客さまの注文(売り・買い)をどの様に取引所で売買するかが私の最大の仕事であり

支店長(常務)は営業出身あり、内勤業務取引所のことは全て私任せでした。

 

それだけ信用されたいたのだと思います。

 

次回はいったん東穀に戻ります。

 

さいごまでおよみいただきましてありがとうございました。

 

にしおかまさる