第154回

【東穀・砂糖・東ゴム】の場立ちを2年程経験して、1年の約束で名古屋支店に転勤いたします。

 

最初は、場立ちから離れることが嫌で、転勤を命じられた時はすごく悩みましたが自分が憧れた東京穀物商品取引所の場立ちにもなり、色々な経験も積み名古屋支店転勤を快く受けました。

 

転勤するにあたり、私が名古屋支店の業務を引継をした方は、私が新聞広告で入社し配属された当時の上司です。

 

この方には本当に怒られました。覚えが悪い私が悪いのでしょう。

 

見かねた同寮で同室の同じ課の先輩が会社から未使用の帳簿や伝票などの必要書類を自ら持参して夜中まで私のために5日ほど教えてくださいました。

 

その理由は上司がつまらない事で私にいつも怒るのが許せなく、己の出世ばかり考え上司にほペコペコしていることが気に入らないのが理由であり

 

寮は、日曜日はお風呂・食事はありません

先輩は、日曜日の食事代・銭湯代全て私の分まで払ってくださり、鹿児島の方で一度だけ私の実家北海道まで私の飛行機代まで出し遊びに来てくださいました。

 

寮の同室時代は、部屋掃除&その方の洗濯を全て、ズボン、Yシャツのアイロンがけは私がいつもしており

この方は私が名古屋に転勤になるころ、会社を辞め10年位はお互いに連絡し、しかしその後連絡も取れなくなり私の大切な恩人です。

 

以前の上司と名古屋支店の引継も型通リでさっさと本社に帰られました。

ただ一言、支店長は【後に常務】内勤トップに厳しく、目の敵のようにしてくるので覚悟だけはしておきなと、言われたのを今でも覚えております。

 

トップと言っても主任です(名古屋支店は過去主任以上おりませんでした)

 

私にすると入社当時あなたが私に言った、よく言えば厳しさと比べたらどこでも務まると思い

東京穀物商品取引所で他社の場立ちから仕込まれたことを考えたならどこでも大丈夫と思いました。

 

確かに名古屋支店長【後常務】1年半は厳しかった、なるほど過去の全内勤責任者が逃げ出すと思いました。

名古屋支店内勤業務社員全員(当時内勤私が責任者と赴任した時には私の部下は役15人位)の前で何度も怒られました。

 

10ヶ月過ぎた頃本社に帰りたいだろうと言われましたが、お断りして支店長の下で仕事を致しますと申し

赴任1年6ヶ月過ぎた頃から私に対して支店長に少しずつ変化がありました。

 

私が、名古屋支店に残った理由は本社と違い、私に全てまかせてくれる名古屋穀取・名古屋繊取・豊橋乾繭取・

お客様からの売買に応じ、私の思い道理に取引所での売買8割を一任して下さいました。

 

これは場立ちでは経験できません、場立ちは会社の命令に従うだけです。

【のちに大阪穀取・大阪繊取】も任せていただきました。

 

さいごまでおよみいただきましてありがとうございました。

 

にしおかまさる