因果応報
第175回
こんにちはジュエリーニシオカのにしおかまさるです。
私は『因果応報』を何度か取り上げました。
瀬戸内寂聴さんは『因果応報』についてこの様に述べているのを拝読いたしました。
この被爆での悲惨な死が(悪業)の報いというならこの世で最も悲惨な死をとげた広島、長崎の原爆被災者はどうなるの。
その中には生まれて間もない赤ん坊だっていたのです。
この戦争で死んでいった人々の全てが(悪業)を果たしたのでしょうか。
あの戦争で生き残ったわれわれが、それにふさわしい善業(ぜんごう)を積んだといえるでしょうか。
わたしは仏教に帰依した者ですが、因果応報という意味を、この様な形では納得できません。
このように述べられておられました。
私は戦争体験者ではありませんが、2011年4月5日前立腺ガン手術.2019年4月5日大腸ガン診断され5月15日手術、今は健康に生かされておりますが、それまでの私は(善業)を積んでいたとはとてもいえません。
生まれたばかりの赤ん坊にも『因果応報』なのでしょうか?
私は、それは絶対に違うと思いたい。
被爆による被災者、戦争犠牲者は絶対に『因果応報』ではなく、みなさん戦争の犠牲者なのです。
戦争って!
勝つか負けるか行きつくところまで行くのが戦争です。
戦争により大きな悲しみが生まれます。
沖縄ひめゆりの塔、海外にも今なお戦争の爪痕が大きく残っております。
日本は原爆の被爆国です。
戦後75年経っても多くの方が苦しんでおります。
私は、50年程前に長崎の原爆資料館を訪れました
とても最後まで直視できず途中資料館を後に、まさにこの世の地獄絵図です
広島は一瞬にして15万人、長崎9万わずか4日で24万人の尊い命が奪われました。
核やミサイル持って、自国を護ることができるでしょうか?
その前に人の心を取り戻してほしいです。
広島、長崎に投下された原爆【原爆許すまじ】と言う歌があり
今でも、鮮明におぼえております
原爆は三度(みたび)あってはならない絶対に。
私たちは、もっともっと命の尊さを知り
そして戦争の愚かさを知り
今も、苦しんでいる人を知って欲しいのです。
さいごまでおよみいただきましてありがとうございます。
にしおかまさる