どんな獄悪非道の人もお救いになる弥陀の誓願とは。

Last Updated on 2022年11月9日

第457回

いつもお読みいただきましてありがとうございます。

 

長文でありますが、お読みいただけますときっと自分の人生に大きくお役に立ちます。

お読みくださり理解された方は自分の人生を必ず変えます。

 

人は何故生まれてきたのか

私も何故生まれてきたのか何度も考えました。

一年位くらい前の答えは「自分の魂を磨く」ためとはっきりと自覚しており決して間違いではありません。

 

輪廻転生によって何度生まれ変わって何度生まれてきても死んだなら又[六道]です。(こちら)

 

親鸞聖人の一枚看板(平生業成)(こちら)で無常の幸せになって下さいと言われております。

人は、何があっても崩れない「絶対の幸福」になるために生まれてきているのです。

 

仏になり無上の幸福になるために生まれて来ているのです。

人は死ぬとどなたも仏になれると勘違いされております。

仏になり弥陀浄土に往ける方は、生前阿弥陀様に救い取られた方です。

 

六道は嫌だ。

自分は絶対の幸福になりたいと思う心が当たり前だと思います。

 

死んだらどうなるの、こんなことを考えますと暗い心になり毎日が憂うつになります。

 

「相対の幸福」は死んでは何も残らない、死の淵で一緒に死んで欲しいと言っても誰も妻さえ、地位、名誉、お金、全てはあの世には持っていけません。

死んで自分の物は「魂と、煩悩」は死んでも三世に渡ってつきまとってきます。

しかし親鸞聖人さえ自分は煩悩の塊地獄に堕ちて当たり前とおっしゃってます。

 

煩悩は無くならないとまでいわれ、では「煩悩を作らない方法」はないものか悩みありました。

このお言葉は「臨済宗管長さんの毎日の日記」より視聴いたしました。

煩悩とは心の中に在る汚いものではなく、心の間違った働きを指すと。

正しい判断の出来る人になると、心が起こす間違った作用を止め正しい判断を働かせると。

 

全くその通りでこれほど明快な答えはありません。

仏教に「八正道」という教えがありその中の一つに「正見」というものがあります。

「仏教の神髄は悟り」とも言われております。

 

以前私のブログにも八正道を書いたことがあります。

このお話は近いうちにお話し致します。

 

お釈迦様は、人間亡くなったなら必ず地獄に堕ちると。

浄土真宗の葬儀、年回忌等には蓮如上人がお書きになられた「白骨の御文章」が読まれます。

 

【この世の始中終、まぼろしのごとくなる一期(いちご)なりと…「老少不定」のさかいなれば】とあり

意味は、

人間の寿命はわからないもので、老人が先に死に、若者が後から死ぬとは限らないということで、老若を問わず、人間の寿命ははかなく、定めがたいものだということ。

人生100年と言っても現在自分の歳をお考え下さい。

あっという間に時は過ぎます。

 

阿弥陀様がどんな人も救ってお浄土へお連れしますという願力(他力本願)。

死んでからではこの阿弥陀さまの18願、をいただくことは出来ないのです。

生きているうちに頂くことが大前提であります。

 

必ずや私のような者でも救って下さるという弥陀の誓願。

「自業苦(じごく)」から「業苦樂(ごくらく)」

「自業苦・業苦樂」(地獄)は自分が造った(因)によって六道の行く場所が決められており、全てが(因)によるものとお釈迦さまは説いております。

 

しかし弥陀浄土に往くには、条件があり「他力の本願」でなければ叶わないと。

私も今迄そんなうまい話がどこにある、それもどんな悪人でも救うという阿弥陀仏。

 

 

『善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや』

歎異抄1章の冒頭には

『弥陀の誓願不思議に助けられまいらせて往生をば遂ぐなり』と信じて『念仏申さん』と思い立つ心のおこるとき、すなわち『摂取不捨の利益』にあずけしめたまうなり。

【20世紀最大の哲学者とも言われるハイデガーは10年早く】この歎異抄を知ったなら哲学の歴史は変わっていただろうと晩年の日記に記されております。

 

今迄考えてもいなかった「歎異抄」から仏教の本当の教えを学んだのかも知れません。

仕事を終え深夜まで何度も歎異抄を読み、弥陀の誓願に関するものを聴聞し、関係するものを読みノートもあっという間に5冊を数えました。

 

絶対に間違えることのできない【他力本願】【自力本願】の違いを多くの方の動画を何度も見て視聴し仏教教室に入会。

 

「何度も言います、人は必ず死にます」

多くの方は「考えたくない、自分は死なない、縁起でもない」とか言いますが「死生観」はしっかりと見っめ、間違いなく100%人は死にます。

浄土真宗の方でも「南無阿弥陀仏」六文字】を称えるだけで死んだらお浄土に往ける」と思っておられる方がおられます。

 

ただ「南無阿弥陀仏」を称えていてもお浄土には往けません。

 

「他力本願、自力本願」の意味を間違えないでください。

 

先ずは「後生の一大事」これを知ることが先で何回かに分け、私でさえ理解したのですから本当にどなたにも分かりやすく書いてまいります。

 

他の人より「金、プラチナ、ダイヤモンド」にチョット長く携わっている普通の人間です。

 

ジュエリー・ニシオカ  

    にしおかまさる

 

世界中の子供が幸せでありますように❣