千日回峰行大阿闍さんから学んだことー5

第299回

いつもお読みいただきましてありがとうございます。

今日は(2020.11.22)この投稿は少しずれると思います。

先程から、心が弾むというか、ウキウキするというべきかこのところ心がこのように反応することもなくそれは突然やってきました。

今迄考えても、何か解らなかったことが分かりそうなんです。

今迄、生きて行くうえで不要な物これを心の中から手放さなければいつまでたっても同じことの繰り返し、絶対離さなければと思っていたことそれが分かりました。

このところ自分には「怒り、苦しみ・怖れ」はないと思っていたのですが、心の中にこれほどの怖れと苦しみになっていたとは、それを許し手放しました。

 

これをいつまで抱えているの、そんなの忘れちゃいな、後から必ずついてくる、自然と解決できると思う事にしました。

姿も形もなく見えないものでまさかこれが今迄「心の中で迷い苦しみになっていた」とは、今迄気に留めたことはありましたがこのことは心配がないとスルーしておりました。

色々な方や、乱読で答えをいただきました。

 

すごく心が軽くなりました。

 

ここから塩沼阿闍梨さんの「歩行禅」より

塩沼大阿闍梨の書物に「歩行禅」があり自らが千日歩いたことで得たことを、歩きながら禅ができると言う本であり「人生の歩き方」とは又違います。

歩行禅には日記の一部が書かれており(千日毎日書かれたそうです)

525日目「人の心は誰でも幸せになると思います。しかしそこまでが「四苦八苦」心の持ちようで幸せにもなれるし、不幸にもなります。答えは心のなかにあり、決して逃げないでくじけないで、死んだ方がいいなんて思ってはいけない。死んだら終わりです。人生の春夏秋冬、辛抱していれば必ず春は来る。種を植えて一日で咲いた花はありません」

880日目苦しみの向こう、悲しみの向こうには何があるんのだろうと思っていたが、そこにあったものは、それは感謝の心ただ一つ

954日目人生のつらさ、厳しさを、自分の成長のためと私が受け取れたなら、仏さまは微笑んでくれるはず。人はだれでも、心清ければ神仏に救われることを心の奥で分かっている

 

このようにも「たとえどんな苦しみも、過ぎてしまえばただの思い出

命の「一つや二つ」などと軽々しく絶対に自分の口から言ってはいけない、思ってもいけない。

この命は神仏から頂いた尊い命。決して粗末にできるものではない。

 

懺悔の行「懺悔をしながらウオーキングができます」これ楽しく、散歩好きは日々懺悔ウオーキングです。

今日も又「懺悔の行」散歩に行ってきました。又明日も懺悔の散歩に行きます。

 

最後までお読みいただきましてありがとうございました。

 

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