昭和の東京穀物商品取引所(赤いダイヤ)-1

Last Updated on 2020年12月17日

第308回

いつもお読みいただきましてありがとうございます。

今ではすっかりと忘れられた過去の壮絶な小豆の買い占め、生死をかけた現実のドラマが「東京穀物商品取引所」東京中央区蛎殻町にありました。

それよりも後になりますが東穀の場立ちをしていた自分は幸せ者で、蛎殻町には「東京穀物商品取引所(以下東穀)、東京ゴム取引所、東京砂糖取引所」徒歩5分圏内にあり蛎殻町といえば水天宮神社、「東穀」、今では小豆相場の出来高の少なさに加え「東穀」がなくなり寂しい限り昭和40年代の半ばの取引所の勢いはいずこに。

 

東穀の歴史の中にもっと壮大な小豆の買い占めドラマが現実にあり、私はそこにはまだおらず北海道におりました。

 

日本中の商品取引所の「市場代表者((以下場立ち)場立から花形と言われた東穀の場立ち、その試験も他の取引所より難しく、東穀の場立ちの資格を持つことで日本中の場立ち試験はパスされます。

東穀の立ち合いは「ザラバ取引」であり、東京繊維取引所は「板寄せ取引」であり、その違いと立会時間も今後説明いたします。

 

出来高が一定以上になると、東穀から市場代表者(場立ち)全員に取引所からワイシャツの仕立て券が(¥10,000)相当がいただけるので多い年には3~4枚戴いた記憶があります。

ワイシャツはいつも仕立てたもので夏、冬と枚数を持っておりこの仕立て券はワイシャツ以外にもネクタイ背広にも使えました。

当時は出来高が多くなると会社に戻ってからの自分の仕事を終えるのが21時~22時は当たり前でした。

 

コンピューターもなく全て書類は手書きです。

 

どんなに遅くなっても帰りは同僚との酒が美味しく、毎日のように飲んでおり、二日酔いでも翌日は会社からの注文は全てこなし、東穀の一節が終わると砂糖取、その足で同じビルにあるゴム取へ向かいます。

何度か大きく売り買いを間違えたことも、その都度始末書を書きますので暇なときに何枚か書いて机に入れ後はその都度日にちを入れるだけ、何故間違うか後日書いてみます。

この始末書のアイデアは「ドラマ大番」からチャッカリ頂いたものです。

 

大番主人公(赤羽丑ノ助)渥美清がラブレターを多くの女性に出すことで確率は良いと考えラブレターを印刷し配ったことが始末書のアイデア、当方はコピーはせず手書きです。

 

梶山李之原作「赤いダイヤ」1963年TBSで大辻司郎、野際陽子さんで放映され、1964年東映映画で藤田まこと、三田佳子さんで映画化され、当時のTV番組では最高に面白く当時高校生であるのに、なぜこれほどまで熱中出来たのでしようか?

 

赤いダイヤにはモデルがおりました。

 

この前には獅子文六原作「大番」1957年東宝で加藤大介さんで映画化され、1962~1963年、フジTVで渥美清さん主演で放映されこの役で渥美清さんはスターとなります。

 

これは兜町証券取引所を舞台として株の買い占めが行われました。

戦時中の満州における満州鉄道(満鉄)の株買い占めをかいた本が映画&TVになったと思います。

 

このTV放送大番を見て世の中にはすごい世界があるのだと思い、まだ自分の心にピンとくるものがなく、しかしTV放映された赤いダイヤを見た時には、大番が頭から吹っ飛びました。

 

次回に続きます。

最後までお読みいただきましてありがとうございました。

 

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