昭和の東京穀物商品取引所(赤いダイヤ)-3

Last Updated on 2020年12月16日

第310回

いつもお読みいただきましてありがとうございます。

日本橋浜町にある会社に就職、この会社が高校時代の憧れの赤いダイヤの会社です。

好きで入った会社とは言え、上司に毎日怒られ私の隣の席におられ日に何度怒られたことか、よく周りの人から励まされました。

 

あんなに怒らなくてもいいのにとか、あの人は文句言うのが仕事だとか、最後に見かねた私の机の反対隣の先輩が、仕事の書類を一式抱え寮に戻ってから、あまり怒られるので見かねたのでしょう、同じ寮で二人部屋で同室、毎晩深夜12時迄教えてくれ本当に今でも感謝しております。

 

入社その日に一支店の管理を任せられ最初一回は教えてくれます、しかしそれで覚えられない自分が悪く何度も怒られ、腹は立ちますが自分のあこがれた職です。

しかしそのよく怒る上司は、なぜかプロレスを見に何度も連れて行ってくれました。

 

ある程度事務仕事も覚え、このような事務職をするために東京にきたのではないと、勇気をもって上司を飛び越して部長に直接私を取引所に行かせてくださいと願い出ますと君が行きたいのなら明日から補助員として行きなさい。

 

やった!言ってみるもんだと思いました。

取引所での毎日が楽しい20歳です。

20歳で市場代表者の試験が受けられる、しかし条件が補助員6ヶ月の規則があります。

 

立合い中自分の会社の場立ちが数m 先におり、場内は騒がしく売買の指示は全て手の指を使って行います。

補助員が最初に覚える重要な仕事の一つ、1~100迄の数を指での指示を覚える、それ以上は基本を覚えると簡単です。

 

ここで教わつた事は、たくさんの補助員がいる中で、自分が一番綺麗だと思う手の指先で場立ちが見やすい商いの枚数を出すことを教えられ練習いたしました。

もう一つは

自社の場立ちがどこの会社に何枚の売買のやり取りしたか全ての手口「手合い帳」に記載することであり、これは大きな商いや仕手戦では全てとる方もおりましたが私には無理でした。

場立ちが間違えた時に補助員がすべての記録をしていることで間違いはその時点で分かると言うことです。

 

これが当時の「東穀、東糖、東ゴム」場立ちと補助員の格差で、特に「東穀」の場立ちはプライドが高いです。

補助員歴10年以上の方も沢山おられ、この方たちは上が閊えて試験が受けることができません(各社、登録2名か3名でした)

 

会社の先輩場立ちからは、他の会社の場立ちの言うことは何でも聞いてやりなさい、それが後で自分のためになるからと補助員初日の教えでした。

他の会社の場立ちから言われた事は絶対で、この人達から学ぶことができると決め、なんでも言われたことはやりました。

50歳以上の方は他の会社の人を使いません、多いのは30~40歳位の方です。

 

その大半は立合い終了後の高台から(取引所を指す)手口をとり他社の場立ちに渡すこと、たばこ買いにも行きます。

 

この方たち

「30~40歳位の方」が必ず試験までに教えてくれると信じ、試験の2~3ヶ月程前から教えて下さり無事合格。

 

次回も書かせていただきます。

最後までお読みいただきましてありがとうございました。

 

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